2015年2月24日火曜日

残る映画と消える映画

 ダルトン・トランボ(1905〜1979)は赤狩り時代に聴聞会での証言を拒んで議会侮辱罪に問われ、「ハリウッド・テン」として投獄された脚本家だ。

 赤狩り以前の作品にはジンジャー・ロジャースにアカデミー賞をもたらした『恋愛手帖』(1940)があり、トランボもこの映画でオスカー候補になっている。他の作品としては、ドゥーリトル隊による東京初空襲を描く『東京上空三十秒』(1944)が代表作らしい。

 だがトランボの名前を有名にしているのは、『ローマの休日』(1953)だ。現在発売されているDVDでは原作・脚本にトランボの名前がクレジットされているが、当初はそうではなかった。刑務所を出た後もブラックリストに掲載された危険人物としてハリウッドを追放されていたトランボは、この頃自分の名前で仕事をすることができず、友人の脚本家イアン・マクレラン・ハンター(1915〜1991)の名前を借りてこの仕事をしたからだ。

 トランボは『ローマの休日』に関わったことを長く秘密にしていたのだが、やがてこれが明らかになると、映画会社は映画冒頭のクレジット表記をトランボの名前に差し替えた。イアン・マクレラン・ハンターの名は版権切れの古いマスターを使ったDVDなどに残っているが、パラマウントから発売されている正規マスターのDVDはトランボ名義になっているはずだ。

 『ローマの休日』はアカデミー原案賞を受賞したが、その3年後の『黒い牡牛』(1956)でも、トランボはロバート・リッチという変名でアカデミー原案賞を受賞している。監督は『アメリカ交響楽』(1945)や『ガラスの動物園』(1950)アーヴィング・ラパー(1898〜1999)だが、今日『黒い牡牛』を観る人はほとんどいないと思う。僕も観ていない。アカデミー賞を取ったのだからそれなりに面白い映画なのだろうが、映画史の中では「トランボが変名で書いてアカデミー賞を受賞した作品」として記憶されているだけだ。


 映画の中には長い時間がたっても新たなファンを獲得し続ける「残る映画」と、その時代にはウケてもやがて観る人が減り忘れられてしまう「消える映画」がある。トランボの作品であれば、『ローマの休日』は「残る映画」であり、50年後も100年後も観られている作品だろう。だが『黒い牡牛』は「消える映画」だった。

 トランボは赤狩りに負けず変名でアカデミー賞を獲得した「不屈の名脚本家」のように言われることもあるのだが、実際のところはどうなのだろう? トランボは1960年の『栄光への脱出』と『スパルタカス』で正式に脚本家としてクレジットされ、追放から10年目にして劇的なハリウッド復帰を果たす。だが『栄光への脱出』や『スパルタカス』が今後も「残る映画」なのかはちょっと微妙だ。少なくともこれらは『ローマの休日』ほどには観られていない。

 1971年の『ジョニーは戦場へ行った』は、トランボが赤狩り以前に書いた小説をもとに、自ら脚色し、初監督した作品だった。ベトナム戦争時代の反戦や厭戦のも相まって、この作品はヒットしたし高い評価も受けている。今観ても感動的な映画だろう。でもこの映画は「残る映画」だろうか? これは『スパルタカス』よりもっと微妙だと思う……。

 「消える映画」と「残る映画」の違いがどこにあるのかは、同時代の人にはわからない。20年、30年、50年たって、年月がその評価を下す。その時代の中でどれほど大ヒットしても、それが何十年も後になってなお愛され続ける作品になるかどうかはわからない。案外「これは当時大ヒットしました」という評価だけが残り、映画自体は消えてしまうことだってあるかもしれないのだ。

 例えばジェームズ・キャメロンの『タイタニック』(1997)はどうだろう。これは歴史的な大ヒット映画であり、『ベン・ハー』(1959)が持つアカデミー賞11冠の記録に肩を並べた歴史的な作品でもある。でも『タイタニック』は今でも観られているんだろうか? 今後20年、30年、50年たって、なお新しいファンを獲得し続ける作品としての地位を保っているだろうか? これも結構、微妙な話だと思う。

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