2015年2月15日日曜日

『ジャズ・シンガー』の衝撃


 世界初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』(1927)は、現在ワーナーから日本版のBlu-rayが発売されている。僕はこれと同じ内容の米盤DVDを既に持っているので、買おうかどうしようか思案中だ。米盤DVDが出た時点で、「こんなもの絶対に日本じゃ発売されない!」と思って買ったんだけど、まさか出るとはなぁ……。

 トーキーとは「トーキング・ピクチャー」の略で、日本では「発声映画」と翻訳されていたこともあるようだ。『ジャズ・シンガー』は世界初のトーキー映画と言われているが、実際はパートトーキー作品。この映画はサウンドシステムと同期していて、劇中のBGMや歌などは画面とシンクロして流れている。だが台詞の多くは、サイレント映画と同じようにほとんどが台詞字幕(スポークンタイトル)で処理されていのだ。「トーキー」とは言われていても、実際に「トーク」している部分はほとんどない。

 じつはこの映画、最初はまったく「トーク」の予定がないまま製作されていたのだ。台詞は完全に字幕に任せて、サウンドシステムで処理するのは歌と伴奏のみ。トーキー映画は当初「台詞入りの映画」ではなく、「伴奏付きのサイレント映画」として実用化されたのだ。

 サイレント映画の時代、都市部の大きな映画館にはオーケストラピットがあり、そこで大編成のオーケストラが映画用の音楽を演奏していた。中小の劇場にも小編成のバンドが入っていたし、1台でさまざまな音色が出せるシネマオルガンが設置されていた。それよりも小さな場末の小屋でも、最低限専属のピアニストがいて映画のための音楽を奏でていたのだ。映画のサウンドシステムは、劇場専属の音楽家を不要なものにできる。サウンドシステムの導入に何かしらのコストがかかっても、オーケストラに支払うギャラが不要になるのだから、遠からず費用は回収できてしまう。

 ワーナーは『ジャズ・シンガー』の前年に『ドンファン』というサウンド版の映画を公開済みで、これがある程度成功したことから歌入りの『ジャズ・シンガー』を製作した。ところが映画の撮影に慣れていない主演のアル・ジョルスンは、劇中で1曲披露した後にアドリブで台詞をしゃべりはじめる。
 「Wait a minute, wait a minute, you ain't heard nothin' yet(待った待った。お楽しみはこれからだ)」

 まったく予定されていなかった台詞で、監督はカットをかけてNGにしようとしたが、撮影に立ち会っていたプロデューサーのダリル・F・ザナックがOKにして、これが映画史に残る決め台詞になったのだという。もっともこの話、いささか出来すぎているような気がしなくもないのだが……。

 1920年代はサイレント映画の表現技法が洗練され、多くの映画人たちが「新しい芸術家」として認知されつつある時期だった。映画には台詞がないからこそ、そこに観客の想像力をかき立てる芸術性が生まれる。映画に台詞が入ることは、映画が新しい芸術としての地位を捨て、舞台劇に逆戻りすることだと考えられていた。

 「トーキー映画はゲテモノだ」「こんなものは発明家の作ったオモチャだ」というのが、当時の映画業界の多数派意見。ところが『ジャズ・シーンガー』が大ヒットして、各社ともトーキーに舵を切らざるを得なくなる。ハリウッドは大騒ぎになった。トーキー映画の登場が「革命」と呼ばれるゆえんだ。

 このあたりの事情はMGMのミュージカル映画『雨に唄えば』(1952)でも再現されている。撮影所のパーティでトーキー映画のデモフィルムを見た映画関係者たちが、顔をしかめて「ひどい」と言ったのは負け惜しみではなく、それが当時の偽らざる映画人の気分だったのだ。しかし事態は一変する。

 『雨に唄えば』が作られたのは、『ジャズ・シンガー』の公開から25年後だ。撮影所の中にはトーキー革命を実体験したスタッフや俳優たちがまだ大勢残っていて、この革命が生み出した悲劇と喜劇も語り継がれていた。『雨に唄えば』はトーキー革命に見舞われた撮影所についての、再現されたドキュメンタリーでもあるのだ。

雨に唄えば 製作60周年記念リマスター版 [Blu-ray]
ワーナー・ホーム・ビデオ (2013-12-04)
売り上げランキング: 2,814

0 件のコメント:

コメントを投稿