2015年3月4日水曜日

クローズアップの発明と映像表現の進化

 映画が発明された19世紀の終わり頃、映画に写るものは物珍しいものでなくても構わなかった。人々はスクリーンの中で、日頃見慣れた風景がただ動くというだけで大喜びしていた。

 リュミエール兄弟は自分たちが働く工場の出口を撮影した。駅のホームに汽車が入ってくる場面を撮影した。家族で外出する様子や、赤ん坊の様子を撮影した。カメラをはじめて手にした子供が身の回りのものを片っ端から撮影するように、手当たり次第に自分たちの目に写るものを撮影した。

 この頃の映画は、カメラの中に装填できるフィルムがだいたい30秒から1分程度。フィルムを入れるとその時間を目一杯使って映像を撮りきってしまう。フィルム1本分が1作品で、カメラは固定され、ワンシーンでワンカット。単純なものだ。

 だが映画発明の数年後には、撮影済みのフィルムをつなぎ合わせる技法が生み出される。複数のシーンをつないで、少し長い「おはなし」を作ることができるようになった。カメラポジションを工夫して、カメラを被写体に極端に近づけるクローズアップの技法も考案された。

 クローズアップの技法を使ったもっとも初期の映画に、ジョージ・アルバート・スミス(1864〜1959)の「おばあさんの虫眼鏡」(1900)という作品がある。この作品では子供がおばあさんの虫眼鏡を通して見た世界が、画面に大写しになって現れる。クローズアップの技法はまず、「虫眼鏡で拡大した風景」という理由を添えて観客の前に差し出された。


 おそらくスミスは「虫眼鏡で見る」という説明がなければ、観客がクローズアップに戸惑うと思ったのだろう。ひょっとしたらスミス自身が、クローズアップの異様さに驚いていたのかもしれない。

 だがカメラを被写体に近づけるクローズアップの技法は、あっという間に観客に受け入れられたようだ。「おばあさんの虫眼鏡」を撮ったスミスも、このあとは説明的な描写なしにいきなりクローズアップのショットをつなぐようになる。

 エジソンのキネトスコープが登場したのは1893年。リュミエール兄弟のシネマトグラフが1895年に登場している。それからほんの数年で、映画の表現技法は飛躍的に進化する。

 この時代の映画ばかりを集めた「The Movies Begin」というDVD-BOXがある。これはエミール・レイノーの連続写真からD・W・グリフィスまでを年代順に集めたアンソロジーなのだが、1890年代から1900年代初頭までの映画表現技法の変化は荒削りながら目覚ましいものがある。

 この変化は、生まれたばかりの子犬があっという間に大きくなるのにも似ている。これほど劇的な変化を、映画はもう二度と経験することはないだろう。

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